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日々、神の国を生きる

更新日:8月22日


証#78 執筆担当:矢島志朗(研修メンバーケア部長)


6月に4年生たちの同期会合宿で、聖書の労働観・進路選択のメッセージをしました。人間は「神のかたち」につくられ、みこころに沿って世界管理をするように招かれていること(創1:26~28)。神様が救いの計画を完成へと進められる中で、私たち一人一人に必要な働きが与えられていことを確認しました。


労働観の話をする際に、私はよく「自分の仕事や学んでいることを神の国の視点で考えてみて、一言で表現するとどうなるか?」と学生たちに問いかけます。私自身がそのことに挑戦してきた一人です。学生時代に救われて、聖書の労働観やキリスト者の社会的責任について学び、励まされて就職しました。特に駆け出しの数年間は様々な葛藤やたたかいを覚えながらも、「今自分がしていることを一言でいうと何だろうか?」を考え、ある時期は中小企業支援を通じて「社会の基盤をつくっている」、またある時期は国同士の経済活動の障壁を減らすことで「一つの共同体をつくっている」という認識を持ちました。主事に導かれる前のNGO勤務では、支援を必要としている人々と、誰かを助けたいと思っている人々を「つなぐ」働きをしている、という理解を持つようにしていました。それらは神の国と矛盾しないものであると思いました。自分にとってこのように言葉を持つことは、遣わされた最前線で主に仕える励ましとなりました。そうやって歩む中で、神様が不思議と人とのつながりや、信仰の証をする機会を与えてくださいました。


2001年に大阪で開催された東アジア地区卒業生大会(EAGC)の講師は、マーケットプレイスミニストリー(仕事を含む、遣わされた日常の歩みに関する神学)を専門にしている学者の方でした。彼は講演の中で、様々な仕事を神の視点からとらえることに言及し、郵便配達の仕事について「誰かが誰かに伝えたい、大切な愛のメッセージの伝達する役割もある」と語り、とても印象深く思ったことがあります。この原体験も、その後の自分の考えや働きに影響を与えています。4月から奉仕している教会で労働観の話をした際にも、「自分の日々の働きを前向きにとらえることができた」というレスポンスがありました。


簡単なことではないですが、ともすると教会生活と日常が(良い意味での聖別ではなく)分断してしまう誘惑がある中で、このような視点で日々、神の国を生きることを励まし合っていきたいと思います。

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